日本でのアドベンチャー
Sunday February 5th 2012

2011年の最後のヒッチハイクの経験

秀平さんと夏美さん
12月24日、関越道の三好SAから上里まで乗せてくれた秀平さんと夏美さん

23日に東京の世田谷区で飛躍28のNPO会議に参加しました。そのために前の日新潟市から東京へヒッチハイクしました。荷台の車でちょうど最初の目的地、用賀駅に行きました! 交通費は0円です!

24日にも関東から新潟県まで2台の車で行きました。最初の車は秀平さんと夏美さん、二人共27歳。次は北越保育院の先生、伊藤さんでした。ビックリするところには、伊藤は私の十日町の敬二さんの知人です! 娘のマリーンちゃんを世話してくれた方でした!

青森市から新潟市へのヒッチハイクアドベンチャー

卓球部女子総監督の大岡巌さん
卓球部女子総監督の大岡巌さん

7月31日:卓球部女子総監督の大岡巌さんは、東北自動車道の青森中央インターから長者原まで送ってくれました。大岡さんはかつて日本の有名な卓球選手でした。

長者原SAで15分待った後、福島県の国見SAまで、国見高校のサッカーコーチに乗せてもらいました。国見SAに着いた時、雨が降っていましたので、売店の中で休みました。15分後雨が止んだ後、年配のご夫妻に安達太良SAまで送ってもらいました。そのお二人は、普通知らない人を乗せない、と言っていましたが、娘さんがイギリス人と結婚したので、外国人が好きになったと言っていました。

安達太良SAで新潟ナンバーの車はほとんどなかったので、「会津」のサインを持って立っていました。時間はかかりましたが一時間位待った後、会津若松へ行く車が捕まりました。お年寄りの方でした。そして磐越道の磐梯山SAで降りました。

磐梯山SAでは、沢山の新潟行きの車がありました! 夕暮れ時でしたが、まだ十分ヒッチハイクは可能でした。ほんの数分待った後、上越市へ行こうとしていた若いご夫妻が新潟市内の高速バス停まで送ってくれました。そこから信越線の駅は歩いて10分ほどの距離にあります。8:32分の電車に乗って、自宅の駅まで乗りました。駅から家までは歩いて10分です。青森市から家までに使った交通費は全部で180円でした。

新潟は大豪雨のため、電車全線停止、ヒッチハイクで青森まで

わざわざと岩間桜から東能代駅まで送ってくれた真衣子さん
わざわざと岩間桜から東能代駅まで送ってくれた真衣子さん

7月29日: 私は新潟の自宅から青森市に翌日の仕事のため、行かなくてはなりませんでしたが、大雨のために電車は全線停止になりました。村上市の手前の中条駅までしか電車は行きませんでした。

私の唯一の頼みの綱は、ヒッチハイクすることでした。中条に到着後の最初の30分間は激しい雨でしたが、雨は段々上がって、傘をもって外で歩くことができるようになりました。

秋田市から岩間桜駅まで乗せてくれた寺田こうきさん
秋田市から岩間桜駅まで乗せてくれた寺田こうきさん

ヒッチハイクの奇跡の一日でした! 六人の運転手さんは新潟県の中条から秋田県能代市まで連れて行ってくれました。5人の運転手さんは、私のためにわざわざと遠くへ乗せてくれました。東能代駅からの丁度良い時間青森までの各駅の電車がありました。8時ごろ青森市に着きました。

弘前から青森市まで乗せて下さった工藤さん

ひろみ、はやと、たいき
ひろみ、はやと、たいき

7月17日 私はお昼の暑い太陽の下で弘前市街の7号線国道で立っていました。だいぶ待った後でも車が捕まりませんでした。突然、工藤たいきさんが私を見て、車に来るように合図してくれました。「どこへ行きたいですか? 急いでいますか?」と私に尋ねました。彼はちょうど青森市に行くところでした! まず奥さんのひろみさんと、息子のはやと君を迎えに行って、それから一緒に青森市に行きました。工藤さんは青森市の私の目的地まで乗せてくれました!

関東から関西へのヒッチハイク冒険

五月9日、私は川越ICから大阪まで三大の車で旅をしました。2人目の運転手さんは、サオリさんでした。

港北PAから海老名SAまで乗せてくれたさおりさん
港北PAから海老名SAまで乗せてくれたさおりさん

2011年の第4のヒッチハイクの冒険:埼玉から新潟

たくまさん
たくまさん

2月二日: 昨日、10時間が掛かって6台の車の車で新潟から埼玉の所沢まで行きましたが、今日はその帰り、ただの一台の車と半分の時間で新潟に帰りました。乗せてくれたのは、25才のたくまさんです。彼は家の近くまで乗せてくれまた!

2011年の第三のヒッチハイクの旅:埼玉の川越から新潟へ

真央さん
長岡市から三条まで乗せてくれた真央さん

一月25日: 四台の車で川越から新潟県の三条市までヒッチハイクしました。三台目の車はご夫妻と一才の息子さんで、関越道の上里から長岡駅まで送ってくださいました。長岡には4時ごろ着いたので、長岡インターの近くの8号線で降ろしてもらい、外がまだ明るかったのでもう少しヒッチハイクしようと思いました。そうして・・・よかった! 20分後、素敵な真央さんが私を救ってくれて、東三条駅まで乗せてくれました。ありがとう真央さん!

2011年の第二のヒッチハイクの旅:静岡県の浜松から関東へ

牧之原SAから日本坂まで乗せてくれた康則さん
牧之原SAから日本坂まで乗せてくれた康則さん

1月24日:今日は 三台の車で浜松日インターから東京の近くの田園都市線の宮前平駅までヒッチハイクしました。二台の車はトラックでした。これはなかなか珍しいことです! トラックは車の中で6%で、そのほとんどは高速道ではなく、一般の道です。

目的地は埼玉県の狭山市でした。田園都市線の宮前平駅から西部新宿線の狭山市までは、そんなに高くありませんでしたので、電車で行きました。

2011年の第二のヒッチハイクの旅:新潟から浜松へ

北陸道の栄PAから越後川口まで乗せてくれたご夫妻
北陸道の栄PAから越後川口まで乗せてくれたご夫妻

一月22日: 今朝は新潟県で雪が降り続けました。そのために時間を節約するために燕三条駅まで電車で行きました。その後高速バスで180円の距離、北陸道の栄PAからヒッチハイクしました。目的地は静岡県の浜松市です。新潟県では曇っていて大雪があっても、きっと簡閲トンネルの向こうの群馬県では、晴れていて、雪がほとんどないことを知っていました。その通りでした。

越後川口SAの雪
越後川口SAの雪

栄PAで5分以内で六日町へ向かっている若いご夫妻に会って、一緒に越後川口SAまで行きました。そこは2004年の中越地震の中心だった所で、日本の一番雪降るところの一つです。越後川口で降りるのが間違えかもしれないと思い始めました。なぜなら30分大雪の中で立っても、皆が私を無視して通りました。SAに来て約45分後横浜へ行く親切なご夫妻と一緒の3歳の息子が、乗せてくれました! これは何よりはいいです! 簡閲道から東名まで一台の車で行くことは珍しいことです。わざわざ東名道の港北PAに連れて行ってくれましたもらいました。関東地方はより暖かったし、晴れtていました。

東名道の港北PAまで乗せてくれた前原ご夫妻と三才の息子
東名道の港北PAまで乗せてくれた前原ご夫妻と三才の息子
日本で買えないPortuguese 水犬
日本で買えないPortuguese 水犬
足柄SAまで乗せてくれたの人とマズダMx5
足柄SAまで乗せてくれたの人とマズダMx5

富士山がよく見える東名道の足柄SAまで二人の運転手さんが乗せてくれました。一人の運転手さんが スポーツカーで英語ができました。

足柄SAで珍しい犬を見て、飼い主さんがアメリカで買ったと言っていました。日本で買えない犬だそうです。

(後でもっと翻訳します)

It was now 5PM and soon to get dark. From experience I knew Ashigara was not an ideal place to hitchhike at. The traffic splits into two parts of the parking area. Standing too close to the place they merge was not fruitful because the cars are going too fast at that point. Mt. Fuji slowly faded into the darkness and I began to despair wondering if I would make it to Hamamatsu that day. I still had 200 kilometers left. There was plenty of traffic going at least that far or further, but everyone was ignoring me.

Mt. Fuji as seen from Ashigara just at sunset
足柄SAから見る夕焼けの富士山

By 5:45 PM is was already dark. I stood in a place with a bright lamp and tried to make eye-contact with the drivers passing by standing as close to the passing traffic as I deemed to be safe. One thing I’ve learned though the years is that no matter what the conditions I find myself in, the drivers who truly have a heart for those in need will stop no matter what. It’s usually just a question of time. And of course there is the “God factor”. I find when I have to wait the longest, it’s usually because God has somebody special He wants me to meet. And today again it was so. At 6:40PM a man in his 30s on his way to Nagoya offered me a ride. His name is Mr. Inukai – a rather rare family name in Japan. It literally means “Dog care”.

Mr. Inukai is an interesting man because he had a problem of mental illness but largely recovered from it. He still has a problem with speaking – something I can identify with because I also have had Moses’ handicap as writen in Exodus 10:4 being ‘slow of speech and of a slow tongue” At one point Mr. Inukai said he didn’t want to talk anymore because his month was tried; it took him considerable effort to communicate orally which is something I understand very well.

I got to my destination in a good time, just before 9PM.

2011年の最初のヒッチヒイクの旅

青森県の三沢市から八戸まで乗せてくれた、原子力発電所で勤める浩二さん。
青森県の三沢市から八戸まで乗せてくれた、原子力発電所で勤める浩二さん。
八戸から岩手山SAまで乗せてくれた家族
八戸から岩手山SAまで乗せてくれた家族

1月9日:私はこの日、一日で青森県の三沢市から新潟までヒッチヒイクで帰ろうと思っていましたが、この日は磐越道の分岐点の手前の安達太良SAまでしか行く事ができませんでした。新潟まで、まだ130キロありました。以前何度か、青森県から東北道経由で新潟まで一日でヒッチハイクして帰ったことがありましたので、問題ないと思っていたのですが、その夜は帰る事ができませんでした。岩手山SAから乗せてくれたのは、とても親切な24歳の男の人でした。彼は私に「寄り道で盛岡に行きます。彼女のために買いたいものがあります。30分しかかかりませんので、宜しいですか?」とたずねたので、私は、「もちろん、大丈夫!」と返事をしましたが、その「寄り道」は30分ではなく、結局、盛岡から76キロ東の町で、雪道と言う事もあり、往復で3時間以上を費やしてしまい、私の想像以上に時間がかかってしまったと言う訳でした。^^;

福島県の安達太良SAまで乗せてくれた鈴木さん
福島県の安達太良SAまで乗せてくれた鈴木さん

福島県の安達太良SAに着いた時、もう夜中の12時半でした! SAで駐車の車は少なく、しかも新潟のナンバーはほとんどなかったので、車を探すよりは、SAの中で泊まることにしました。SAのお店の中は暖かく、柔らかいベンチがあったので、その上に横になった私は、カバンを枕代わりにし帽子を深く被って、誰からも叱咤されることなく6時間もスヤスヤと眠ってしまいました。。もしアメリカのSAなら、警察官は必ず私を起こしてそこから追い出す事でしょう。昔、私がまだアメリカにいた頃、公園で駐車し車の中で寝ていた時はそうでした。

7時頃起床後、私は駐車場を見ましたが、まだ新潟ナンバーの車がなかったのでSAから出て、一般道路、つまり4号線まで30分歩きました。最初の運転手さんは新潟県に行く49号線までわざわざ乗せてくれました。次の運転手さんは会津若松市方面に行くところで、磐越道の磐梯山SAまで乗せてくれました。

磐梯山SAは寒く、車は少なく、風はとても強く、雪が降っていました。もしかしたらそこで降りたのは間違いだったのかもしれないと思いましたが、それから30分待った後、富山県まで行こうとしていた看護婦さんが新潟市内のバス停まで乗せてくれました!こうして私はお昼前にやっと家にたどり着く事ができました!親切な心優しい運転手の皆さんに心から感謝致します!!

 Page 1 of 2  1  2 »