
- 北陸道の栄PAから越後川口まで乗せてくれたご夫妻
一月22日: 今朝は新潟県で雪が降り続けました。そのために時間を節約するために燕三条駅まで電車で行きました。その後高速バスで180円の距離、北陸道の栄PAからヒッチハイクしました。目的地は静岡県の浜松市です。新潟県では曇っていて大雪があっても、きっと簡閲トンネルの向こうの群馬県では、晴れていて、雪がほとんどないことを知っていました。その通りでした。

- 越後川口SAの雪
栄PAで5分以内で六日町へ向かっている若いご夫妻に会って、一緒に越後川口SAまで行きました。そこは2004年の中越地震の中心だった所で、日本の一番雪降るところの一つです。越後川口で降りるのが間違えかもしれないと思い始めました。なぜなら30分大雪の中で立っても、皆が私を無視して通りました。SAに来て約45分後横浜へ行く親切なご夫妻と一緒の3歳の息子が、乗せてくれました! これは何よりはいいです! 簡閲道から東名まで一台の車で行くことは珍しいことです。わざわざ東名道の港北PAに連れて行ってくれましたもらいました。関東地方はより暖かったし、晴れtていました。

- 東名道の港北PAまで乗せてくれた前原ご夫妻と三才の息子

- 日本で買えないPortuguese 水犬

- 足柄SAまで乗せてくれたの人とマズダMx5
富士山がよく見える東名道の足柄SAまで二人の運転手さんが乗せてくれました。一人の運転手さんが スポーツカーで英語ができました。
足柄SAで珍しい犬を見て、飼い主さんがアメリカで買ったと言っていました。日本で買えない犬だそうです。
(後でもっと翻訳します)
It was now 5PM and soon to get dark. From experience I knew Ashigara was not an ideal place to hitchhike at. The traffic splits into two parts of the parking area. Standing too close to the place they merge was not fruitful because the cars are going too fast at that point. Mt. Fuji slowly faded into the darkness and I began to despair wondering if I would make it to Hamamatsu that day. I still had 200 kilometers left. There was plenty of traffic going at least that far or further, but everyone was ignoring me.

- 足柄SAから見る夕焼けの富士山
By 5:45 PM is was already dark. I stood in a place with a bright lamp and tried to make eye-contact with the drivers passing by standing as close to the passing traffic as I deemed to be safe. One thing I’ve learned though the years is that no matter what the conditions I find myself in, the drivers who truly have a heart for those in need will stop no matter what. It’s usually just a question of time. And of course there is the “God factor”. I find when I have to wait the longest, it’s usually because God has somebody special He wants me to meet. And today again it was so. At 6:40PM a man in his 30s on his way to Nagoya offered me a ride. His name is Mr. Inukai – a rather rare family name in Japan. It literally means “Dog care”.
Mr. Inukai is an interesting man because he had a problem of mental illness but largely recovered from it. He still has a problem with speaking – something I can identify with because I also have had Moses’ handicap as writen in Exodus 10:4 being ‘slow of speech and of a slow tongue” At one point Mr. Inukai said he didn’t want to talk anymore because his month was tried; it took him considerable effort to communicate orally which is something I understand very well.
I got to my destination in a good time, just before 9PM.
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- 青森県の三沢市から八戸まで乗せてくれた、原子力発電所で勤める浩二さん。

- 八戸から岩手山SAまで乗せてくれた家族
1月9日:私はこの日、一日で青森県の三沢市から新潟までヒッチヒイクで帰ろうと思っていましたが、この日は磐越道の分岐点の手前の安達太良SAまでしか行く事ができませんでした。新潟まで、まだ130キロありました。以前何度か、青森県から東北道経由で新潟まで一日でヒッチハイクして帰ったことがありましたので、問題ないと思っていたのですが、その夜は帰る事ができませんでした。岩手山SAから乗せてくれたのは、とても親切な24歳の男の人でした。彼は私に「寄り道で盛岡に行きます。彼女のために買いたいものがあります。30分しかかかりませんので、宜しいですか?」とたずねたので、私は、「もちろん、大丈夫!」と返事をしましたが、その「寄り道」は30分ではなく、結局、盛岡から76キロ東の町で、雪道と言う事もあり、往復で3時間以上を費やしてしまい、私の想像以上に時間がかかってしまったと言う訳でした。^^;

- 福島県の安達太良SAまで乗せてくれた鈴木さん
福島県の安達太良SAに着いた時、もう夜中の12時半でした! SAで駐車の車は少なく、しかも新潟のナンバーはほとんどなかったので、車を探すよりは、SAの中で泊まることにしました。SAのお店の中は暖かく、柔らかいベンチがあったので、その上に横になった私は、カバンを枕代わりにし帽子を深く被って、誰からも叱咤されることなく6時間もスヤスヤと眠ってしまいました。。もしアメリカのSAなら、警察官は必ず私を起こしてそこから追い出す事でしょう。昔、私がまだアメリカにいた頃、公園で駐車し車の中で寝ていた時はそうでした。
7時頃起床後、私は駐車場を見ましたが、まだ新潟ナンバーの車がなかったのでSAから出て、一般道路、つまり4号線まで30分歩きました。最初の運転手さんは新潟県に行く49号線までわざわざ乗せてくれました。次の運転手さんは会津若松市方面に行くところで、磐越道の磐梯山SAまで乗せてくれました。
磐梯山SAは寒く、車は少なく、風はとても強く、雪が降っていました。もしかしたらそこで降りたのは間違いだったのかもしれないと思いましたが、それから30分待った後、富山県まで行こうとしていた看護婦さんが新潟市内のバス停まで乗せてくれました!こうして私はお昼前にやっと家にたどり着く事ができました!親切な心優しい運転手の皆さんに心から感謝致します!!
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- 秋田県の紫波SAから新潟市まで乗せてくれた本木さん
2010年11月14日: ただ3台の車だけで、三沢市から新潟市まで、しかもただ八8時間30分でヒッチハイクしました!
最初の車は、三沢基地で働くATCの長野さんと二人の小さい息子でした。長野さんは最初八戸までしか行かないと言いましたが、私がより簡単に車を捕まえるように、わざわざと八戸自動車道の折爪SAまで乗せてくれました! 八戸から大した距離です!
次の車は、折爪から岩手県の紫波SAまで、3人の年より叔母さんたちでした。彼女達は水沢まで行くと言っていました。
最後の人、本木さんがわざわざと新潟まで乗せてくれました。本木さんは群馬県の前橋に行くので、東北道の佐野ICで下りて、国道50号線経由で帰るつもりでしたので、私は、「磐越道の分岐点の前の安達太良SAまででいいですよ」と言いました。安達太良に着いた時、もう5時半すぎ、暗くなったので、私が暗いところでヒッチハイクしないように、本木さんは磐越経由で帰ることにしました。何と優しい人でしょう!
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- 野田夫妻
2010年11月6日: 今日の目的地は埼玉県の鴻巣市でした。四台の車を乗り継ぎ高崎線の岡部駅に行きました。三台目の車、加茂市の歯医者さんの野田夫妻は、関越道の越後川口SAから寄居PAまで乗せてくれました。私は歯医者さんに会う度にいつも私の歯を見せてあげます。「きれいですね! 虫歯はありません。」と言われます。
寄居PAの次のICは、花園です。そこまで車をヒッチしようとしていたのですが、なかなかできませんでした。ほとんどの車はより遠くへ行くからです。それでは、寄居PAは高崎線の駅からそんなに距離はないので、私はPAから出て、よく知らない道路を歩いて、沈む太陽を背にして、東の方向へ行くことにしました。でも通過する車はないまま10分ほど歩いた後、非常に寂しいところに来てしまった事に気づきましたが、もう数分歩きました。やっと車が来ました!! 手を出した時運転手はすぐ止まってくれて、「どこへ行きたいですか?」と聞いてくれて、私は、「どこか近くの駅です!」と答えました。運転手さんはニコニコして、「どうぞ乗ってください」と言いました。本当によかった! 道もわからず、段々と辺りは暗くなって、しかも駅は5キロ離れたところでした! そして、岡部駅から鴻巣までは、乗り換えなしで行ける電車が一本ありました。
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- 栃木県の野木市から埼玉県まで乗せてくれた秀治さんと良輔さん
2010年10月25日: 今日は曇っていて、雨が降りそうです。昨日新潟から栃木県の小山市に行きました。 今日の目的地は埼玉県の鴻巣市です。でも小山市から直接鴻巣まで行く道路はありませんので、最初は国道4号線を使って、春日部まで行って、その後国道16号線を通って、岩槻市まで行って、それから国道17号線で鴻巣に行こうと思いました。でも雨が降り始めたので、春日部駅まで3台の車で乗せてもらって、その後電車で行きました。
二台目の車は、、 26歳と27歳の秀治さんと良輔さんでした。 彼らはわざわざと栃木県から春日部市の近くまで乗せてくれました。その後、優しい女性の方、早苗さんは、春日部駅まで乗せてくれました。主イエス様、ありがとう! (続きを読む…)
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- わざわざと北陸道の栄PAまで乗せてくれた山口ひさみさんと敏夫さん。
2010年10月15日: 今日は雲っていて、雨が降ったり止んだりしていました。私は、次の日仕事のために朝の10時半まで埼玉県の熊谷市に行かなければなりませんでした。今夜の目的地は千葉県の野田市です。野田の友達の所で留まるなら、朝の8時頃出て、二つの電車で十分間に合うでしょう。
最初に乗せてくれたのは、新潟県の長岡市へ行く途中のご夫妻山口さんでした。彼らは一般国道で行くつもりでしたが、私は北陸道の栄PAへ行きたいと言った時、山口さんは、わざわざと北陸道に乗って、栄まで乗せてくれました。
栄PAで一時間待ってから、東北電力の人は六日町まで乗せてくれました。六日町は目的地までは、大体三分の一の距離です。
後数分間雨が降り始めました。ICからJuscoデパートを見て、後200メートルしかないと分かったので、そこに歩きました。Juscoに着いた時、雨がひどく降っていましたので、雨から逃れたところに行ったことを感謝していました。そこでお昼ご飯を食べた後、雨が止んだので、ICに戻りました。
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2010年10月8月、私は宮城県の仙台から青森県の三沢市まで8台の車でヒッチハイクしました。 日本人の皆様はは知っていると思いますが、三沢市は米軍の空軍の基地の町です。私はアメリカの空軍に昭和の25年から29年まで使えていました。その1年間は、日本の埼玉県朝霞市の米軍の基地、「Camp Drake」でした。私は、軍隊の生活と訓練が好きでしたし、ずっと20年間も、もしかしたら30年間年間も、ずっとこういう生活を続けていこうと思いました。けれども、軍隊の中で私は、イエス・キリストの話を初めて聞いて、信者となりました。それでは、より高く、より偉い仕事、つまり、創造主、イエスキリストの政府、神の政府に使えるように呼ばれるように感じるようになりました。私は、女房のお買い物につれて歩く後よりも、人生において以上のことをしたかったのです。私は国家の大使になりました、神の国家の大使です。
私は人生で会う人は、異なる違っても、皆創造主からの才能があると分かりました。私は、アメリカ人として、35年に渡って、何万年の日本人の方々をお世話を受けて、光栄に思います。この前人を乗せてくれたのは:

- 青森市から宮城県の長者原SAまで倉石さん

- 宮城県の長者原SAから、福島県の号妻PAまで顔ちゃんと雛さん。

- 長岡市から、わざと新潟市まで乗せてくれた雅さん。
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- 福島県の二本松まで乗せてくれた22歳の武さん
2010年10月6日: 今日はとても素晴らしいヒッチハイクの経験でした。かすか雨が降りながら、私は6台の車でおよそ250キロの距離、全部国道で、新潟市から仙台まで行きました。普通は100キロ以上の距離なら、高速に入る車を捕まえたいですが、新潟から福島県まで磐越道に入る車はとても少ないので、国道49号線の方が確実かと思いました。
仙台に行く目的は、友達のPCを修理することでした。ハードディスクが問題ようです。
天気予報では、今日はずっと雨だけれど、雨はそんなにないし、時々しか降りません。なくべく雨の日にヒッチハイクをしたくはないけれど、今日は予定があって、仕方ないことです。
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- 舞花チャン、シュン君、いねちゃん
2010年10月三日: 今日6台の車で埼玉県の狭山市から新潟市までヒッチハイクができました。最初は友達の狭山台4丁目の家から国道16号線まで45分歩きました。
その後スポーツカーが6キロの距離、川越ICまで乗せてくれました。
その後電気屋さんのジンさんとユウチャンが観閲道の三好SAまで乗せてくれました。三好SAは川越から上り方面なので、私はそこで下り方面のSAに歩きました。10分程かかりました。
三好SAから上里SAまで2台の年配の人たちが乗せてくれました。その後新潟まで4人の土木建築の人たちが新潟市の49号線の入り口まで乗せてくれました。その後斎藤さんのご夫妻と3にんの子供たちが新潟市の家の近くまで乗せてくれました。
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- 新潟県の三条市から埼玉県の狭山市まで乗せてくれた酒井勇輝さん
2010年10月1日: 今日ただの3台の車で新潟市から埼玉県の狭山市までヒッチハイクしました。最初の2台は時間を待つことあまりなく、北陸道の栄PAまで行きました。三条市から捕まった車は直接高速道路に入りました。最高でした! でも次の車を捕まるように、2時間かかりました。乗せてくれたのは、19才の酒井さんでした。運転免許をもらって、ただ1年ですが、無事に目的地に着きました。
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